七尾美術館関連で、昔の金沢城老松のことなど
1117長岡
Thu, 16 Oct 2025
ご紹介の「七尾美術館、等伯・松林図展」には、金沢近郊お住まいで、既にお出掛けの皆様も、と思っております。
今回の皆様へのご紹介は、上ではなくて、昔の金沢城と兼六園にあった、等伯・松林図にも見られる様な、(全国の名所旧跡に普通であった)老松です。
このメール内容そのものは、「北の都会」皆様(東京近郊者が多)に、「等伯・松林図展」のことを紹介した際と同じメールの略再掲・ご紹介です。
秋になりまして、金沢の知人から、能登地震被災の「七尾美術館」が再開で、
「以前からの予定だった「長谷川等伯」が行われていて、「松林図屏風」も来ている」
とのご連絡を頂きました。
館のHP: <https://nanao-art-museum.jp/2025tohakurotntpfs>
https://nanao-art-museum.jp/2025tohakurotntpfs
だいぶ混んでいるようでして、そこで、お送り差し上げたのが、添附の4枚目まで。
東博・国宝室での撮影で、これならば心ゆくまでご覧頂けるかと思いまして。
霧中に霞む松林。 後継を嘱されていた一人息子さんの死後暫くの作との由ですが、
悲嘆に暮れる等伯の心象風景のようでもあります(とおっしゃるお人も)ものの、
昔、日本の各地でよく見られた老松には、この様な樹形が多かったことは確実の様です。
それで、証左として、昔の繪葉書画像を捜しました。それが、以下に続く添附です。
「北の都会」には、四髙に籍を置かれたお人のほか、新制大学設置直後の方もいらっしゃいますので、お聞きしましたら、皆さん確かに、石川門前の巨大な老松のことはご存知でしたが、枯死したのはいつ?
続く添附は、「百間堀」が文字通りの「水堀」で、正面に松の巨木が、とか。
兼六園側からの石川門でも、その松は見え、兼六園下から仰ぎ見ましても松が。
やがて、土堤の一部が石積みとされて、空堀となった「百間堀」は道路に。トンネルも。
ここに路面電車が走りますが、老松はまだ見えます。
路面電車の繪葉書から、添附は、現代の写真に飛びますが、当然に巨大な松はもうありません。
昔、その切り株は?と捜した記憶がありますが、あの斜面には何も見えませんでした。
ほか、各地での老松の姿を。13番目添附の「並木町ヨリ天神町」繪葉書にはビックリ。
いずれの松も現存しませんが、かつては、この様な松が各地に多かったのでしょう。

















































